真幻 緋蓮の千メモ攻略記事

クロちゃん好きのメモラーこと、真幻 緋蓮のブログです。更新は暇な時に行うのでペースは遅いです。

現在執筆中の小説の冒頭

プロローグ

 

「えっと、この液体がこれだから……この液体と混ぜると反応が起こるんだっけ?」

 暗闇の中、ぼそぼそと誰かの声が聞こえる。男の声だ。

 完全な暗闇ではなく、声のするところの宙には小さな炎が浮いている。その炎は簡易的な小さな魔法陣の中心から出て、部屋を照らす。

 男はぼさぼさの髪型に薄汚れている白衣を着ている。白衣のポケットにはボールペンや試験管ばさみが入っている。

 炎に照らされた机の上にはさまざまな器具や試薬瓶が置いてある。よく見るとそれはビーカー、フラスコ、メスシリンダーなどといった化学の実験で使われるものばかりだ。

 試薬瓶には「98%エタノール」「濃硫酸(調整済み)」「次亜塩素酸ナトリウム」などといった物質名が明記されている。

 机の上に広げられている本のページには何やら難しい文字が並べられているが、重要そうなところにはマーカーなどできちんと印が付けられている。

「この液体に対する比率は一対三だからこれを三十ミリ入れればいいはず……」

 三角フラスコに入っている液体をメートルグラスに移す。慎重に入れているのか傾けている三角フラスコが小刻みに揺れている。

「よし、失敗しませんように……」

 祈願をして計り取った液体をベースとなっている液体が入っている丸底フラスコの中に入れる。

 急な反応や泡が立たないようにとフラスコの壁面を伝わらせて入れる。

 ガラス棒を使って入れた方が良かったのではないかと、メートルグラスに入っている液体を入れ終わってからこの男は気付いた。が、どっちにしても丸底フラスコでは安定しないため意味がない。この後の操作のため、丸底フラスコでないといけないのだが。

「えっと……入れた液体が一分経過後、色が透明のままであればOKと」

 腕時計を取り出して一分待つ。揺らめく炎が少しだけ小さくなっているように見える。

 一分経過後のフラスコの中身の色は、フラスコの向こうの本の文字が上下逆になって見える色、つまり透明だった。持ち上げれば液体は持ち上げた動作によって上下左右へと小さく揺れる。無くなってはいないようだ。

「で、後はこの中に沸騰石を入れて煮沸。煮沸してから三分後にこのグラトラナ石を入れれば液体が反応して魔術材料を生むと」

 勿論、すべての液体が反応するとは言えない。生成した魔術材料は理想収率から数パーセントの誤差が出ることだろう。

 男は調整した液体が入っているフラスコをクランプで挟み、高さを調節して固定。そして頭上に浮かんで魔法陣から出ている炎を、念力でも使っているかのように引き寄せる。

「あ、炎熱結晶が切れてきてるな。後で作って補充するか」

 引き寄せた炎を固定したフラスコの下に持っていき、火力を調節する。

 本来ならば、三脚と金網を使って、ガスバーナーかアルコールランプを使って加熱するのだが、生憎、この男のこの実験部屋にガス管が引かれておらず、あのボトルの「98%エタノール」と書かれた試薬瓶の中身は空っぽなのだ。だからアルコールランプがあっても使えない。

 つまり、加熱するには魔法陣から出ている炎を使うしか手がないのである。

 その炎を発生させているのが、炎熱結晶と呼ばれる赤い水晶の塊だ。この塊に魔力を注げば火を出すことができ、魔力の量に応じて火の大きさ、強さを調節できる。

 暫くしてフラスコの中に入れた沸騰石から泡が吹き出始めた。ここから三分後にグラトラナ石を入れる。

 グラトラナ石とは鉄鉱石に似た形状の物質で、全魔術の根源となる石のことだ。普通のグラトラナ石は言葉にできないほど脆く、そよ風の一吹きや普通に歩く時の風圧で原子レベルまで粉々に分散されてしまう。そして全世界を漂い、魔術発動の元となって魔術が使えるようになるのだ。

 しかしながら極稀に、そよ風の一吹きや歩いた時の風圧で崩れない丈夫なグラトラナ石が発見される。それは様々な魔術分野で喉から手が出るほど欲しい物なのである。

 もうすぐ沸騰してから三分が経過する。男は耐熱性の手袋を着けて、普通の物よりは長いピンセットでグラトラナ石をつまむ。

 フラスコの口からつまんだグラトラナ石を慎重に入れ、液体に付ける。

 カッ!!

 グラトラナ石が液体に触れた瞬間、眩い光がフラスコから発生し、暗闇の実験室を白に染める。

「う、うわっ!」

 あまりの眩しさに男はピンセットにつまんでいたグラトラナ石を落とし、目を守るためにもう片方の腕で目を覆う。

 光は一瞬で消え去ったが、男はしばらくの間ずっと光っていると思っていたのだろう、光が消えてもずっとその状態を維持し続けていた。

 耐熱性の手袋をしているおかげで、フラスコに手首が当たっても男は火傷をしなかった。

 男は恐る恐る目を開いて状況を確認する。

「な、何だったんだ? さっきの光は……」

 実験室内は暗闇のせいで何が変わったのか分からない。机の上にあるガラス器具類や薬品に異常は見当たらない。

「燃焼……な訳ないよな。グラトラナは火焔魔術構築時や閃光魔術くらいにしか光を出さないからな……。あ、やべっ!」

 男は光の正体について推論を立てる前に、今自分が行っていた実験の結果を思い出してフラスコの中を見る。

 透明な液体の中には沸騰石がまだ泡を吹き出しており、その横には黒茶色だったグラトラナ石が灰色に変わって調合液体に浮いている。

「成功か? いや、まだ確認作業が残っている」

 男は魔法陣の炎を頭上へと引き離し、クランプからフラスコを取って、ピンセットで灰色へと変わったグラトラナ石を取り出す。

 液体が入っているフラスコは零れないように、安定性のある1リットルビーカーの上に置く。

「で、確認作業は分析魔術を使うと」

 男は灰色に変わったグラトラナ石を化学用の紙の上に置いて、戸棚からある薬品が入った瓶を取り出す。

 ラベルには『水銀』と書かれている。

 水銀とは金属元素の中で唯一液体の金属であり、近世になって人体には毒であると考えられるようになった。体温計や蛍光灯などに使われていたが、現代の魔術世界では複雑な魔術を起動するための媒体としてなくてはならないものである。

 男は水銀の入った瓶の蓋を開けて机の上に置くと、人差し指を水銀の中に付けて床に魔法陣を描き出す。

 水銀は毒性が強いと認識されがちだが、短時間手で触れるだけなら問題はない。水銀が気化した時の蒸気には毒が含まれているので、用心しなければならない。

 床には水銀によって描かれた円状の魔法陣が完成している。大きさは一メートル弱といった具合だろう。魔法陣の一部には人間の言葉ではない古代の文字が使われている。

 男はその魔法陣の中心に灰色に変わったグラトラナ石を置いて呪文を詠唱する。

「『知の御霊(みたま)よ。不可思議不明に、新たな智を授けよ!』」

 すると水銀によって描かれた魔法陣が白く光り、中心にある灰色へと変わったグラトラナ石に光が集中する。目を傷めないほどの光の強さで、ぽわぽわと光の小さな球が殺風景な実験室を幻想的に変える。

 この光が集まって何事も無ければ灰色のグラトラナ石は新たな魔法構築物質として生まれ変わり、実験は成功となる。しかし、それ以外だと――

「あー!! 失敗かよ!!」

 光の強さに耐えきれなかったグラトラナ石は跡形もなく消滅してしまった。

 分析魔術は水銀を触媒とした魔法陣を展開して特定されてない不明物質を判明させる魔法だ。自然界に存在する物質は分析光と呼ばれる光に包まれても消滅しない。けれど、この男のように実験で作った人工物は、分析光に耐えられずに消滅してしまうことがある。

「何が失敗の原因だったんだ?」

 男は床に落ちている本を拾ってこの実験のページを開く。

「グラトラナ石はちゃんと天然のものを使っただろ? で、これも完璧だ。となると……」

 本を読んでいくうちに、ページの下に目に留まらないほどの小さな文字で注意書きが書いてあることに気づき、男はそれに目を落とす。

『合成液に入れた瞬間に目を覆うほどの強い光が発生したら、合成液の成分がエデナン酸に変わって、グラトラナ石は灰色に変わって、魔法構築物質として機能しません。強い光が発生したら直ちに実験をやめ、グラトラナ石を熱湯に入れて元に戻しましょう。』

「嘘!? これエデナン酸に変わってんの?」

 男は机の引き出しを開けて緑色の紙を取り出す。リトマス紙ほどの小さな長方形状の紙を、グラトラナ石をつまんだピンセットとは違うピンセットを使ってフラスコ内に入っている液体に付ける。

 そのまま液体に付けるのではなく、フラスコを傾けて液体が壁面に付いたところに紙を付ける。

 緑色の紙は液体に触れると白色に変わった。

「本当だ。エデナン酸に変わってやがる。くそ、また振り出しかよ」

 男はため息をつきながら床に描いた水銀の魔法陣を拭き取って、ガラス類をきれいに洗浄し始める。

「振り出しというかまた、グラトラナ手に入れなきゃならねぇじゃんか」

 非常に希少な崩れないグラトラナ石。これを手に入れるには相当な時間がかかるのだ。

 炎熱結晶が底をつき、揺らめいていた炎は静かに消えて実験室に暗闇が戻ってきた。

「このタイミングで切れるかよ……」

 直に慣れてくるであろう目と手の感触だよりに、男は実験の片付けを続けるのであった。

 だが、目が慣れてくる気配はない。手の感触だけでは片付けも容易に行えなかった。

「片付けは後回しにして、先に炎熱結晶作るか」

 材料となる物質を手探りで探す。その最中――

 パッキーン。

「あ」

 机の上に置いていた何かのガラス器具を落としてしまった。

 男はガタガタと慌てて暗闇の中、処理を行おうとするが――